
真夜中の美容師さん
我ながら自分の集中力は凄まじいなと感じる。
イスから立ち上がると、唸り声と共に手を真上に上げ背筋を伸ばす。それと腰を左右に捻らせた。
以前に増して肩と腰への痛みが感じやすくなったのは気のせいか…とそんなことを考えながらストレッチを済ませると休息を求めるため風呂の前に自室へと向かった。
行き着く手前でBJは足を止めた。あるドアから廊下に一筋、光が走っている。それを見るに軽く溜息を吐くと、その光の根源である部屋のドアを勢いよく開け放った。
「こらピノコ、今何時だと思ってるんだ!夜更かしは駄目だと言っただろ」
突如飛んで来た怒声にビクンと肩を震わせすぐさま振り返るピノコの頭には、まだタオルが巻かれたままであった。2時間ほど前、調べ物を漁っているところに「ちぇんちぇ、お次ろうぞ」とお風呂を勧めに来た時と変わらぬ姿だ。
よく見るとピノコの前には半分も完成してない、一体何の絵かも識別ができないパズルがあった。
原因はこれか。
「パズルをやるのは構わないが時間と身の回りに気をつけなさい」
人差し指を頭にあて気付かせる。それが何を意味するのかいまいち理解できていないピノコは、自分の頭にそろそろと手を持っていくと、髪とは違う感触に大きな口を開けて驚いた。
すっかりタオルの存在を忘れていたようで「えへへへ~」とピノコは慌てて取ってみせた。
「ブッ!フハハハッ!なんだその頭は!」
ピノコの頭は乱れに乱れていてBJは笑い声をあげた。
濡れたままで長時間覆っているとその形で髪がまとまる。だから普段の、内側へと毛先がいっているのとは程遠く、強風が吹いた後の様。
それを姿見で確認するやまだ薄ら笑いするBJの足をポカポカと叩く。
「ひどーい!そんな笑わなくてもいいれちょ!」
「すまんすまん…あまりにもすごい頭だったからついな。ほら、直してやるから機嫌直せよ」
プイッとそっぽを向いて唇を尖らすピノコを、まあまあと宥めるようBJは頭を撫でた。髪はまだ湿り気があって手櫛で髪を整えていくと、さっきよりも幾分マシにはなった。
「ドライヤー出してくれ」
「え?いいよそこまれちなくても…」
「お前女の子のくせに無頓着だな。このままじゃ風邪ひくだろ?いいから出せよ」
「別にちぇんちぇいにやってもらわなくても自分れやるわのよ!」
「フフ…」
まだプリプリと怒っているピノコは棚からドライヤーを取り出してコンセントに差すと、自分で乾かしにかかった。
それに肩を竦めやれやれとばかりに自棄になって髪を乾かすピノコの背後に周ると、スパッとドライヤーを奪い取った。
「ちょっ…かえちなちゃいよ!」
素知らぬふりでBJは続ける。
「ちぇんちぇい!!」
「ドライヤーがうるさくて聞こえないな~」
「…聞こえてゆのよさ」
すっかりBJのペースに飲まれたピノコは諦めてちょこんとその場に座り込んだ。
頭皮にあたる温風が心地よく丁度睡魔も訪れたことにより、次第にピノコは船を漕ぎ始めた。
「おいで」
BJはふらふらするピノコを引き寄せた。スイッチを切ると今度は櫛で梳かす作業に移る。
「あと…じぶんれ、やる…わのよ…」
半ばうわ言だが、その意思があるのならBJから体を離すがそうとしない時点でおそらく眠っていると変わりはないだろう。
毛が細いと絡まりやすい。途中で何度かつっかえる度に痛みを感じさせないよう丁寧にほどいていった。いつもの髪型に出来上がると寝息を立てるピノコを抱き抱えベットに寝かせた。
時計をみてBJは苦笑する。
「ちぇんちぇいありがと…」
部屋の電気を消そうとした時ぽつりとピノコは呟いた。
振り返るとピノコは掛け布団に顔を擦り寄せ穏やかな表情で夢の中。
それにBJも優しげな笑みを浮かべ、ピノコの頬を撫でた。
「おやすみ」
《終》