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日常1割妄想9割な暴走特急で爆進☆日記!
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2024/05/02 (Thu)
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2008/11/09 (Sun)
お題その2

10年後









今日はピノコがこの岬の家に来て10年目。

そして28歳の誕生日だ。
その本人はというと、朝から腕に縒をかけてごちそう作りに励んでいた。

 

「あとは煮込むだけっと…」


蓋を落としキッチンタイマーをセット。


「ケーキのデコレーションは上出来!お肉焼くのまだ早いし…先生が帰ってからでいっか」


使用済みのお皿や道具を片付ける手際良さはもうどこへ嫁に出しても恥ずかしくない域に達している。
といってもすでに彼女は嫁いでいるようなものだが、まだ籍を入れてない身。
戸籍上10歳なので当然受理されない。待って6年は…。


別に籍を入れる入れないでとりわけ不自由が生じる訳でもない。
ただ、世間の目からピノコは『BJの娘』と認識されがちなので、『妻』だという証拠を示したいという気持ちが若干あったりはする。

雑務を済ませるとピノコはそそくさとリビングへ向かった。
一時停止し中断している映画が待っているのだ。
ソファに体を預け再生ボタンを押すと、たくさんの部下を引き連れた男が颯爽と歩くシーンが流れ出す。
中央にいるその男。

斉東昭幸は最近映画界で実力派俳優として名を揚げ出した俳優で、先日観た映画に彼が出演しておりその女性の心を掴むワイルドさにピノコは一躍ファンになったのだ。

それから過去の出演作品を片っ端から観ては頬を染める。それをよく思わない外科医兼旦那が帰ってきた。

 



(またあいつかよ)

 

毎日のように奴の声が家中に響き、尚且ピノコが好感を持つものだからこの上なく不快に感じてならない。


「ただいま」


「……」

 

こう旦那が帰宅したというのに『おかえりなさい』の声もなく余所の男に夢中になっている。まさに倦怠期の夫婦の図。


再度「ただいま」ととげとげしく言い、自己の存在を主張するようにコートをソファにかける時、必要以上にバサッと風圧を送ってみるが、ピノコは相変わらず画面に釘付けでこちらに見向きもしない。

BJは頭を掻いた。


「火かけたままだが大丈夫なのか?」


「…ふん…」


やっと反応したかと思えば生返事。次第に苛立ちを感じ始めた。

ピノコの隣りに腰掛けめげずに一方通行な会話を続ける健気なBJ。

 

 

「料理だいぶ上手くなったし夕飯楽しみだよ。疲れたからメシの前に風呂入ろうかな。ピノコ一緒に入らなか?」

「ちょっ…静かにして先生!今いいとこなんだからッ!」


胸板にバシンとチョップを食らわされのけ反る。

もう我慢ならんと怒りの頂点に達したところに患者が来た。

しかも―…

 

 

 

 


「え?!うそっ…斉東昭幸ッ!それに高坂蛍まで!」

 

 

ピノコが興奮するのは無理はない。なんと今彼女が熱を上げているアイツが、患者としてやってきた。
BJにしてみれば、今すぐ臨時休診して追い返したい人物。

処置を済ませると「後は私にまかせて!」とピノコは目を輝かせて申し出る。
さしずめ昭幸と会話するためだろう。

(俺という者がいるのにデレデレして…)

 

廊下で待っていた昭幸の妻だという蛍に無事終えた旨を伝えると、リビングへ誘導した。


「なぜここへ?あれくらいのなら近所の病院だって簡単に処置できるはずだ」

大概依頼されるのはもう手の施しようがない患者ばかり。
3針縫う程度の怪我にこんな辺鄙なところに来る理由がさっぱり分からなかった。

 


「他の病院じゃ目立つでしょう?一応メディアに出る人間ですし、ここなら人目を気にする必要ないってマネージャーに紹介されたんです」


「なるほど…。知名度ある病院ならVIP専用に特別措置で極秘にやってくれるでしょうがそれでも不満だったと?
うちは余所と違って治療費は高くつきますぜ…ってもこの程度の金額なんて貴女にとっちゃ問題ないかもしれんがね?」


「普通の病院ならあり得ない金額ね」


差し出された領収書を目にすると蛍はくすっと笑い、膝に抱えたバッグから小切手を取り出した。

 

 

「先生噂とは違ってハンサムですね」

「煽てたって治療費ビタ一文負けませんよ」

「煽ててませんわ。本当にそう思っただけです。
悪い噂しか耳にしないからどうなのか不安でしたけど、実際は腕が良くってしかもハンサムなお医者様。
私顔が広いですしいい噂広めていきますわ」

「いや結構。それより貴女、相当疲れを溜めているようだな」

そう言われた蛍はすっと真顔に変わる。


「フフフ、バレちゃったわ。医者の目を欺けないなんて女優失格ね」

「私の前で気を張りなさんな。歩けるか?」

ぐったりとソファに寄り掛かり額に手を当てた蛍は微苦笑した。


「このまま…きゃっ」


BJは軽々と蛍を抱き上げた。

急に体がふわっと浮いたので驚きの声が飛び出した。
抱えられた腕の中、蛍はBJの肩を軽く叩き「ちょっと待って」と止まるよう頼む。


「先生、1つお願い聞いてくださる?」

 

 





「名前は?」


「ピノコです!」

憧れの昭幸にサインを書いてもらおうと思い色紙を探したが無く、今着ている術衣に書いてもらうことにした。

字が歪まないように背中に手を添えられて、ピノコの心臓はこの上なくフル回転する。さらさらとペンが走りあっという間に特別の術衣が出来上がる。


「ピノコちゃんねぇ…可愛い名だね。BJ先生の娘さん?」

「娘じゃなくって奥さんです…」


普段なら「奥さんよ!!」と凄い剣幕で言いのけるピノコだが、相手はなんせ俳優斉東昭幸。調子が狂って大人しくなってしまう。

一方昭幸はぜんまい人形がピタリと止まった時のように固まり目が点だ。そしてぷっと吹き出した。

高校生にしか見えない子が親と変わらない歳の男と結婚なんてあり得ない。

まず大体の人は昭幸と同じ反応を示すだろう。
そして笑わって馬鹿にしようとすればピノコの逆鱗に触れ、この後蹴りをお見舞いされるという流れになる。

しかしこの男、ことごとく運が良い。

 

 

ただピノコは下を向いてもじもじする。そんな隙を見せたことが災いしたのか、突如ピノコの視界がガラッと変わった。


傷んだ天井とにやりと笑う昭幸の顔。

 

 

「君みたいな若い子があんなオジサンとだなんて勿体ないよ」

栗色の髪を弄りながら耳元で熱っぽく囁かれて、ビクッと体を震わせる。
ピノコは押し倒されていた。


すると、ガチャっと扉が開き蛍を横抱きするBJが現れた。

 

「あら早速頂こうとしてるわねぇ。懲りない人」

「よかったなピノコ、好きな男に迫られて。どうやら私たちは邪魔のようだ。
じゃあ私の寝室に行こうか親交深めるために」

「そうしましょ、せ・ん・せ」

 

 

―パタン―…

 

 

「今の……なに?」

 


昭幸はピノコの上からすぐさま退くと顔真っ青にさせる。
まだ押し倒された形のピノコは口をぱかんと開けて放心状態に陥り押し倒されたこととBJの意味深な発言に脳はめちゃくちゃになって今にもパンクしそうだった。

 

 

「寝室行くって言ったよな?」

「確か…」


『親交を深める』ってベッドでなにを…?

 

そこでベッドが激しく軋む音に喘ぎらしき声が。ピノコと昭幸はギョッと顔を見合わせた。
 

「せんせーーー早まらないでぇぇーー!!!」
「ほたるぅぅーッ!!許してくれ!もう浮気しないから!俺が悪かった何でもするから!!」

 

ドタバタとBJの寝室に乗り込むと、ベッドに足を組んで斜に構えた蛍と机に寄り掛かって腕組むBJが、それぞれ互いのパートナーを見据える。

 

「その言葉、信じても大丈夫なのかしら?もし裏切るような真似したら、今度は3針じゃ済まない怪我になるわよ」


口許は弧を描いても目は笑ってない。
身震いする昭幸は顔を横にブルブルと振り、「もうしない絶対しない」と何度も誓いを繰り返した。


蛍は立ち上がるとBJに向かって軽く会釈した。


「先生ご協力ありがとうございます」


「こちらこそ」

 

お互いニコッと笑みを浮かべると、蛍は昭幸を引き連れて帰っていった。

 

 

ピノコの頭はまだ混乱気味だったが、ひとまずBJが過ちを犯してなかったと知って安堵した。

その場にペタンと座り込むピノコをただ無表情のままBJは見下ろす。

 

「押し倒された感想は?」


「か、感想?!」


「そりゃあ俺より好きな奴にされたら嬉しくてたまんないよなぁ?」


「何言ってんのよ!先生が1番に決まってるでしょ!!」

なら俺の話無視するなよと内心突っ込む。
疑わしい目で「どうだか…」と呟くとBJはポケットを漁りながら歩み寄り、ピノコの前に白いケースを差し出した。

 

「今日はお前の28歳の誕生日だ。これはそのプレゼント。貰う貰わないはピノコ、お前の勝手だ」


毎年誕生日を忘れるからてっきり今年もそうだと思っていた。


「なにこれ?」


「婚約指輪だ。いらなきゃ構わんがもし嵌めたいのなら約束がある。俺以外の男に現を抜かすな。
守れるか?」

答えはとうに決まっている。


「現抜かさないように先生ピノコをずっと繋ぎとめて…」


そう言って左手を広げ薬指に指輪を嵌める。サイズはぴったしだった。


「なんて他力本願なんだよ。本当にいいのか?
俺は執着心が強い。途中嫌になって逃げたって追いかけてやる。知らんぞ?」


会話の合間にキッチンタイマーが鳴り響く。

「あ!お鍋忘れてた…」

立ち上がって火を消しに行こうとBJに背を向けると、彼の顔は変わった。

「待ちな」

「へ?」


腕をとられくるりと振り向くピノコはまた不機嫌になっているBJを覗きこむ。


「その術衣処分しな」

一瞬何故だろうと頭を傾げたがBJの鋭い視線の先が背中に注いでいることで昭幸のサイン入りが原因だと気付いた。


「サインでもダメ?」

「当たり前だ」

 

 


《終》

 

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