
hard nursing
かつお節の香りがほのかに漂う。
「ちぇんちぇ~ピノコ特製おかゆれきたわのよさ」
布団からはみ出ている頭がもぞもぞと動き眼が現る。それはあの眼光鋭いまなざしとは程遠く、とろんと虚ろな眼。
1人前用の鍋にお皿、レンゲをトレーに乗せ、部屋に入って来たピノコはテーブルにそれらを置いてせっせとよそい始める。
その横で怠そうに身を起こしたBJは、枕元にあるメモに「ありがと」と書いた。
風邪をひき、尚且声が出ないため筆談なのだ。
「じゃあお口あ~んちて。あ~~~~ん」
火傷せぬよう息でふうふう冷ましてからBJの口の前までレンゲを運ぶ。
しかしBJは食欲がなかった。
またメモ用紙に字を書き出し、そのレンゲを遮るようにメモを指して見るよう促す。
『食欲ない。置いといてくれ』
簡素な文にピノコはプチッと切れてレンゲをお皿に戻した。
「朝もお昼もそんなことゆって全然食べなかれちょ…体によくないよ」
口を尖らせ伏せ目がちに呟く。すると、ドンッとベットに乗り上がった。突然の出来事に弱った体は呆気なく再び枕に頭をおさめることになったBJはぽかんとなる。
何事かと思えば、横になったことをいいことに、身動きできぬようBJの上に乗り、口端上げて微笑むピノコがいた。その顔のバックにはどす黒いオーラが広がる。
「一口れも食べゆのよさ…」
背筋に熱発散とは別の汗が走る。普段、患者にこんな強引な手段で食べさせてるのか。
いや、違う。
患者と自分とで対応が明らかに差があるように感じてならない。
当然抵抗しないわけがないBJは、腰を掴んで持ち上げようとしたが力が入らなかった。
本調子なら容易いはずが、今は病原菌との格闘で体内へとエネルギーが集中して他に余す力がない。
さらに横になった体勢では余計厳しい。
躍起になってレンゲを口元に運ぶその姿は、とても病人への労りがないと第三者でも一目瞭然だ。
手を腰に添えたまま、ぼんやりする意識で諦めかけていた時、ふとピノコの弱点を思い出した。
そうだ、くすぐり
ピノコは脇腹が弱いはずだ。
「あひゃっ…ちょっ…ひゃっ!!」
左右から襲ってくるくすぐり攻撃に、ダルマのように揺れて身を捩り出すピノコは、お皿を落とさないよう必死だ。
「きゃははっ!ひゃ!!っ……く…くすぐったいよのさ~」
目尻からうっすら涙を滲ませてゲラゲラと大笑いし、激しく上下にバウンドすることで組み伏せられたBJの胃辺りに衝撃が加わる。
その度に、ぐはっ!ぐはっ!と喘ぎ、早く降参してくれないかと願うもののなかなか相手は手強い。しかしそろそろ手が疲れてきた。どっちかが折れなきゃ事態は進まない。きっと一口食べたら満足するだろう。
そう思ったBJは手を止めた。
くすぐり攻撃から解放されたピノコは、上がった息を整え終わるとまた眼前にメモがあった。
『食べる。吐いても文句言うなよ』
メモからBJに視線を移せば大きな口を開けて待っていた。
「吐くなんて、こんな愛情たっぷりのおかゆなや、そのまま受け入れゆに決まってゆわのよ」
ぴょんと床に下りるとまた鍋からアツアツのお粥をよそい、さっきと同様に冷ましてから待機している口の中にお粥を入れた。
数回の咀嚼ですぐに空っぽの胃に温かいものが送られじんわりと染みていくのが分かる。
久々に食欲が湧いてきた。
「もっと食べゆ?」
こくりと頷くとピノコは嬉しそうにまた口に入れたのだった。
「熱下がったし声戻ってよかったね!」
翌日、BJは見事全快した。
中断していた薬品の在庫確認をするBJの後ろでピノコは手術器具の整理をしている。
「ああ。まさか筆談にまで悪化するとは思わなかったからね」
「中には4日も声が戻らない人もいゆんらって。そんな長い間筆談だなんてアッチョンブリケわのよ!」
「そうだな。
だがしかし…もっと優しく看護してくれてもよかったんじゃないか。手荒かったぞ」
「手荒かった…?」
目をぱちくりして全く身に覚えがないらしく小首を傾げる。
「忘れたとは言わせんぞ。病人に跨がって無理矢理食わそうしたじゃないか」
「そうらっけ?」
全く都合がいい奴だ。
「今度ピノコが風邪ひいたら俺がみっちり看護してやるからな」
「なんかすご~く嫌なんらけろ…」
クククッ…と楽しげに笑う声にピノコは何がなんでも病気になるものかと普段の倍以上に手洗いうがいをするのであった。
《終》